ニューヨークの有名なビルを聞かれれば、エンパイアステートビルやフラットアイアンビルなどの名前があがりますが、ニューヨークの橋では、やはりブルックリンブリッジでしょう。ロウワーマンハッタンとブルックリンのダンボ(DUMBO)間のイーストリバーを結ぶ、世界初の鋼鉄製ワイヤーワークを使った美しい吊り橋です。その幾何学的な美しさから、「スティールハープ(Steel Harp)」と呼ぶ人もいます。1964年には、国家歴史的建造物(Historic Landmark)に指定されました。
1869年に着工、当時の工学技術のすべてを注ぎ込み、14年の歳月をかけて1883年5月24日に完成しました。建設費用は1500万ドルで、現在の価値で4億5000万ドル(約694億円、1ドル=154円換算)に相当します。そして建設に関わった作業員は、600人を超えたと記録されています。建設中に起きた事故や減圧症により、20~30人の作業員が命を落としています。
開通日には15万人が橋を渡った
これだけ力を入れた橋には当然世間の注目が集まり、開通日初日には15万人以上もの人が橋を渡り、式典には第21代大統領チェスター・A・アーサー(Chester A. Arthur)やニューヨーク州知事グロバー・クリーブランドが(Grover Cleveland)出席しています。初期の通行料は、歩行者が1セント、馬車が5セントでした。
ブルックリンブリッジ完成に命をかけたローブリング家
このブルックリンブリッジの設計者として知られるのが、ドイツ出身の土木技師ジョン・オーガスタス・ローブリング(John Augustus Roebling)で、ワイヤーケーブルを吊り橋に使用した革新者です。ローブリングは建設現場の調査中にフェリーに足を挟まれ、その怪我が元で破傷風を患い1869年に亡くなりました。
その後は、息子のワシントン・ローブリング(Washington Roebling)がプロジェクトを引き継ぐことになります。しかし、息子のワシントンも、建設現場の水中作業時に減圧症(潜函病)を患ってしまい、ほとんどの期間を自宅療養で過ごしました。そして、彼の代わりに橋の建設における連絡役を務めたのが、妻のエミリー・ウォーレン・ローブリング(Emily Warren Roebling)です。彼女は工学を学び、ブルックリンブリッジ完成における、非常に重要な役割を果たしたとされています。
ジョン・オーガスタス・ローブリングが、橋の計画段階で事故により命を落としたことから、彼がプロジェクトに呪いをかけたとの噂が囁かれ、その後の建設中に起きた困難や悲劇と結び付けられることがあります。ローブリング自身は建設事故によって破傷風を発症し亡くなり、また、息子のワシントン・ローブリングも潜函病(ケイソン病)にかかり、この「呪い」という噂が広まりました。しかし、この橋の完成に大きく貢献したエミリー・ウォーレン・ローブリングの霊が夜になると橋を歩き、自らが成し遂げたプロジェクトを、その伝説的人物として、責任を持って見守っているのだと言われています。
21頭の象が橋をわたっても壊れない
橋の長さは、約1595.5フィート(486.3メートル)。ゴシック調の石造りの塔は、276.5フィート(84.3メートル)あり、完成当時は西半球で最も高い構造物でした。また、4本のメインケーブルには、それぞれ2万1000本のワイヤーが使用され、当時の最強な橋の一つでした。
橋の構造としては、吊り橋と斜張橋のハイブリッドとなります。斜張橋とは、橋脚上の主塔から斜めに張られたケーブルで主桁を吊り下げる構造の橋です。塔と桁を直接ケーブルで結ぶケーブルの張力を利用するため、塔の間に渡したメインケーブルから垂らしたハンガーロープで桁を吊る吊り橋とは少し構造が異なります。原料には、石灰岩、花崗岩、ロゼンデールセメントが使用されています。
当時最強の強度を誇ったブルックリンブリッジですが、1883年の開通直後、橋が崩壊するという噂が流れ、群衆のパニックにより12人が亡くなる事故が起こります。そこで、橋の安定性を証明し、恐怖を鎮めるために、著名な興行師P.T.バーナム(P.T. Barnum)が、彼のスター象ジャンボを先頭に21頭の象を橋の上で行進させました。この大胆なパフォーマンスは、ブルックリンブリッジにまつわる、最も有名なエピソードの一つとなっています。
NYの象徴的なランドマーク
ブルックリンブリッジは、ニューヨーク市の象徴的なランドマークであり、多くの映画、小説、テレビドラマに登場し、劇的な背景や重要な舞台として使われています。以下に、その代表的作品をいくつかご紹介します。
映画
- 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ “Once Upon a Time in America”』(1984年)
- セルジオ・レオーネ(Sergio Leone)監督のこの壮大な犯罪ドラマでは、ブルックリンブリッジが郷愁や時間の流れを象徴する場面で使用されています。橋は、失われた純粋さや裏切りといったテーマを強調する重要なシーンで登場します。
- 『スパイダーマン』シリーズ “Spider-Man” Series (2002年, 2012年)
- サム・ライミ監督版『スパイダーマン』(Sam Raimi’s Spider-Man)(2002年)では、主人公が橋で人々を救う感動的なシーンが描かれています。また、『アメイジング・スパイダーマン(The Amazing Spider-Man)』(2012年)では、スパイダーマンが車から吊り下げられた子供を救うシーンで登場します。
- 『マンハッタン』 “Manhattan”(1979年)
- ウディ・アレン(Woody Allen)監督のロマンティック・コメディドラマ。夜明けのブルックリン橋を背景に、アレンとダイアン・キートン(Diane Keaton)のキャラクターがベンチに座るシーンは、映画史に残るアイコン的なカットです。
- 『ダークナイト ライジング “The Dark Knight Rises”』(2012年)
- クリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)監督によるバットマン(Batman)の最終章で、ゴッサム・シティ(Gotham City)の一部としてブルックリンブリッジが登場し、都市のスケール感や壮大さを強調しています。
- 『魔法にかけられて “Enchanted”』(2007年)
- このディズニー映画では、クライマックスシーンとしてプリンセスとドラゴンの戦いが橋の上で展開され、ファンタジーと現実が融合した物語を象徴しています。
小説
- 『ブルックリンブリッジ “The Great Bridge”』(1972年)
デイヴィッド・マカロウ David McCullough著- フィクションではありませんが、ピューリッツァー賞を受賞したこの作品は、ブルックリンブリッジ建設の歴史を詳細に描いた決定版の本です。橋の建設に関わる人物、政治、工学の成功が魅力的に語られています。
- 『ブルックリン横丁 “A Tree Grows in Brooklyn”』(1943年)
ベティ・スミス Betty Smith著- 20世紀初頭のブルックリンを舞台にした成長物語で、橋自体は主要な舞台ではありませんが、主人公ノーラン家にとって希望と繋がりを象徴する存在として描かれています。
- 『ブルックリンブリッジ “Brooklyn Bridge”』(2008年)
カレン・ヘス aren Hesse著- 1903年のブルックリンを舞台にした歴史小説。ユダヤ系移民一家の物語において、ブルックリンブリッジが機会と苦難の両方を象徴する役割を果たしています。
テレビドラマ
- 『セックス・アンド・ザ・シティ “Sex and the City”』(1998–2004年)
- ブルックリンブリッジが登場する有名なエピソードでは、ミランダ(Miranda)とスティーブ(Steve)が橋の中央で再会し、関係を再構築する象徴的なシーンが描かれています。
- 『ゴシップガール “Gossip Girl”』(2007–2012年)
- 橋はブルックリンのアウトサイダーとマンハッタンのエリートとの間の分断と繋がりを象徴するテーマを強調し、印象的な景観として頻繁に登場します。
- 『CSI:ニューヨーク “CSI: NY”』(2004–2013年)
- この犯罪ドラマでは、ブルックリンブリッジがニューヨークのランドマークとして頻繁に描かれ、ストーリーにおける重要な背景として使われています。
ドキュメンタリー
- 『ブルックリンブリッジ “Brooklyn Bridge”』(1981年)
ケン・バーンズ(Ken Burns)監督- このアカデミー賞ノミネート作品は、橋の歴史と文化的影響を掘り下げたドキュメンタリーで、建設の過程とニューヨーク市のアイデンティティ形成における役割を描いています。
ブルックリンブリッジは、「和解」、「別れ」、「自己発見」といった、感情的な転換点を表現する場面に多く使われます。その壮大さと「繋がり」の象徴としてのイメージが、多くの映画製作者や作家に愛され続けているのかもしれません。また、橋はレジリエンス(回復力)や革新性、古いものと新しいものの融合のメタファーとしても頻繁に描かれています。ブルックリンブリッジは、ジャンルを超えた多くの創作作品にインスピレーションを与え続け、文化的かつ映画的なアイコンとしてその地位を確立しています。
橋にまつわる怪しい噂
これだけ巨大な橋となると、そこには、スリルを求める挑戦者や絶望の果ての場所として、この場所を選ぶ人も集まってしまいます。1886年、プロのダイバースティーブ・ブロディ(Steve Brodie)が、この橋から飛び降り、生還した最初の人として記録されています。この飛び降りは伝説となりましたが、実際には人形を使ったトリックだったという説もあります。
また、橋は悲しいことに自殺の名所でもあり、幽霊にまつわる話の原因となっています。そのため、幽霊の目撃、謎めいた音、不気味な存在感などが夜の訪問者によって報告されています。これらの話の多くは都市伝説に過ぎませんが、橋の壮大さと歴史はそのような物語を引き出すインスピレーションとなっています。建設中に亡くなった作業員も、橋に残る霊として語られることがあります。
橋の魅力を高めるストーリー
英語に「Selling the Brooklyn Bridge(ブルックリンブリッジを売る)」というフレーズがあります。これは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ジョージ・C・パーカー(George C. Parker)のような詐欺師が、ブルックリンブリッジを渡る人々を騙して通行料を払わせたことから、「橋を買わせる」という表現が残されたとのことです。
また、ブルックリンブリッジには秘密の金庫があり、中には財宝や過去の遺物、さらには謎めいたワインが隠されているという噂もあります。この話の根拠としては、橋のマンハッタン側に、19世紀後半から20世紀初頭にかけてワイン商人に貸し出されていた金庫が存在したことに由来するようです。この温度管理された空間が、ワインの保存に最適だったそうです。
マンハッタンやブルックリンの絶景を楽しむ
完成当初は、ブルックリン市が所有し、ニューヨーク・アンド・ブルックリン・ブリッジ・カンパニー(New York and Brooklyn Bridge Company)が管理していましたが、現在は、ニューヨーク市交通局(NYC DOT)の管理下に置かれています。
橋は、車道のほか、その上に歩行者と自転車専用道が用意され、マンハッタンやブルックリンの絶景を楽しみながら30分〜40分ほどで歩いて渡ることもできます。
《Brooklyn Bridgeへの行き方》
マンハッタン側から:地下鉄4、5、6ライン「Brooklyn Bridge City Hall」から徒歩1分。
ブルックリン側から:地下鉄A、Cライン「High Street」から徒歩5分。Cadman Plaza Park内を案内に沿って歩いていくと橋の入り口に辿り着く。もしくは、Fライン「York Street」からも徒歩5分。
《建築探報》
グッゲンハイム美術館《建築探報 vol.1》
エンパイアステートビル《建築探報 vol.2》
フラットアイアンビル《建築探報 vol.3》
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